世界の発酵食をフィールドワークする

発酵のメカニズムなど誰も知らない昔から、人類はそれぞれの地域で様々な発酵食をつくってきました。こうした発酵食の文化や技術を研究するため、研究者たちは現地に滞在して調査するという「フィールドワーク」を続けています。

この展示では、世界各地でつくられる発酵食をテーマに、それをつくり利用する人間の営みや発酵食と社会との関係について、名古屋大学をはじめとする研究者による調査の成果を紹介します。

ごあいさつ

名古屋大学博物館第28回特別展「世界の発酵食をフィールドワークする」へお越しいただき、誠にありがとうございます。本特別展では、私たちの生活に欠かせない発酵食をテーマに、世界の各地に出かけて調査する「フィールドワーク」研究の数々をご紹介します。

 今回の展示は、名古屋大学環境学研究科の横山智教授が立ち上げた「発酵食品の自然と文化研究会」を契機としています。この研究会には、日本各地の大学や研究所の研究者が参加しています。世界の発酵食の文化や仕組みをさまざまな角度から調べ、皆で議論し、より豊かな研究や食文化への応用へと発展させることを目指しています。

本展示では、この研究会に集う研究者たちが、世界 ―とくにアジアやアフリカ― で見られる発酵食の豊かな文化や、時代とともに変わってきた様子などを調査した成果のほか、発酵の仕組みを解明し、より安全な発酵食を提案してきた成果を紹介します。

また、発酵食に欠かせない微生物、アジアで使われる発酵調味料なども紹介しています。

本特別展を通じて、私たちの生活を彩る発酵の豊かさに触れ、微生物の恩恵と人々の知恵に興味をもっていただけましたら幸いです。

名古屋大学博物館長  吉田 英一

Greetings to Our Visitors

はじめに 「人類と発酵食」

Introduction. Humankind and fermented foods*

19世紀半ば、微生物は無生物から自然に湧き出すといった「自然発生説」を実験によって明確に否定したルイ・パスツール(Louis Pasteur)は、発酵は酸素のない嫌気的状態で生長する酵母などの微生物の作用によって起こる現象であることを解明しました。その後、酢酸菌によってエチルアルコールから酢酸が生成される酢酸発酵など酸素を必要とするものも、人間にとって有用な大量の物質が生成されることから、「酸化発酵」として発酵に含められています。発酵とは、カビや酵母、細菌などの微生物の作用によって有機物が分解されてより単純な物質に変化する反応で、「腐敗」と区別して、人間にとって有用なもの、つまり人間を基準にした概念です。

人類と発酵食

人類が発酵食をいつどのようにして食べるようになったのか、定説はありません。しかし、近年の研究では、人類の祖先が他のアフリカの類人猿と分かれる前の約1000万年前にエチルアルコールを代謝できる消化酵素を獲得したとされています。それは、樹上の果実を主に食べていた人類の祖先が、地上生活が増えていくことで、発酵してエチルアルコールを含んだ落下した果実を食べるようになったことへの適応であったようです。

 その後、300~400万年前頃には、各種イモ類のような植物の地下貯蔵器官(根茎、塊茎、塊根など)を埋めて発酵させた可能性が指摘されています。これらの研究は、仮説の域を出ませんが、人類が火を扱うようになるのは80~100万年前なので、火を用いた調理よりも発酵による食品加工のほうがはるかに長い歴史を有していることになります。

人類は約1万年前(日本では縄文時代)までに、地球上のほとんどの土地に進出しました。その後、多くの人類は定住し、狩猟採集中心の生業から農耕牧畜を中心とする生業を営むようになりました。発酵食品に関しては、当初は自然に発酵したものを利用していましたが、特定の食料を特定の場所で継続的に発酵させていく中で発酵能力が強化され、生産者が意図した発酵食品を生産できる環境をつくりあげました。

 それが微生物のドメスティケーション(家畜化・栽培化)です。動植物のドメスティケーションだけではなく、私たちの祖先は発酵の担い手である直接見えない微生物についても有用な性質をもつものを長い時間かけてつくりだしてきました。

発酵の地域性

世界中で食べられるようになっているパンやヨーグルト、ビールなどの発酵食品がある一方で、ナレズシや納豆など、特定の地域だけで熱狂的に愛される発酵食品もあります。世界各地では、地域の食文化を語る上で欠かすことができない発酵食品が多く、それらは各地で「主食」、「副食」、「調味料」、「嗜好品」として様々な用途に用いられています。本展示では、人びとの文化的な営みとして発酵食品がつくられ、消費・販売されている様を研究者が世界各地で実施しているフィールドワークから明らかにします。

名古屋大学博物館 展示室の様子

名古屋大学博物館 夏季休暇のお知らせ 8月14日(日)ー 8月22日(月)の期間、夏季休館となります。ご了承下さい。

 The 28th Special Exhibition    Doing Fieldwork on Fermented Foods in the World