特別展「世界の発酵食をフィールドワークする」  第2部 副食としての発酵食

漬物、納豆、塩辛、いずれもおかず(副食)として、日本人が日常的に利用している発酵食品です。コメを主食とするアジアの湿潤地域では、塩分が効いた塩辛のような魚介類の発酵食が副食となっています。一方、パンを主食とする乾燥地帯では、家畜の乳を加工したチーズのような発酵食品を摂取しています。おかずとして利用されている発酵食品から、世界各地の食文化の違いを考えてみましょう。



3章.牧畜民の発酵乳加工とその利用

ミルクの利用は、約1万年前に西アジアで始まりました。以後、ミルクはアフロ・ユーラシア乾燥地帯の牧畜民の食生活を大きく支えてきました。ミルクは栄養豊かですから、そのままにしておくと直ぐに腐敗してしまいます。冷蔵庫のない乾燥地帯で、牧畜民はどのようにミルクを守ってきたのでしょうか。それは、ミルクを発酵乳にすることにあります。有益な乳酸菌をミルクに優占させ、酸性度を高めると、日陰の室温でも1週間程度は保持できるようになります。都合が良いことに、爽やかで、より美味しくなります。

アフロ・ユーラシアの乳文化一元二極化仮説

西アジアで誕生した乳文化は、家畜、搾乳技術、乳加工技術、そして、乳利用がセットとなって、アフロ・ユーラシアの主に乾燥地帯に伝播していったと考えられています。そして、一万年の時をかけて、乳加工技術は主に北方乳文化圏と南方乳文化圏に二極化していきます。

 南方文化圏では、発酵乳の攪拌/振盪による乳脂肪(バター)の分離を積極的におこない、反芻家畜の第四胃で生成される凝乳酵素を利用してチーズを加工しています。

 北方乳文化圏では、クリームの分離を積極的におこない、酸乳酒(発酵乳の一種)をつくり出しています。北方域での独特な乳加工の発達は、冷涼な自然環境が主に影響したと考えられています。

 このように、ミルクを利用する牧畜が西アジアに誕生し、発酵乳に関する一連の加工技術を開発することにより、ヒトは家畜と共に周辺へと拡散していき、乳文化は主に地域の生態環境に影響されて二極化して発達していったのでした。

楽しみの発酵乳

西アジア・シリア内陸部の牧畜民は、ヒツジ・ヤギからミルクが搾れる期間は、発酵乳を毎日食べています。発酵乳と平焼きパン、そして、紅茶があれば、食事になります。爽やかな発酵乳、発酵乳からのつくりだての瑞々しいバターは、搾乳シーズンのご馳走です。

 内モンゴルでは、搾乳したままのミルクを、比較的涼しい場所に置き、自然発酵した発酵乳を楽しみます。暑い時期に、このわずかに酸味を帯びた発酵乳を食べるのは、家畜を飼うモンゴルの人々にとっての夏の楽しみにもなっています。

 東アフリカの牧畜民や農牧民の人々も、自然発酵乳を食生活に取り入れています。燻煙したヒョウタンを容器として用いるので、東アフリカの発酵乳はスモーキーで酸っぱい味がします。自然発酵乳を食べる際には、ヒョウタンの容器を激しく振り、発酵乳をドロドロにしてから利用します。そのまま飲んだり、トウモロコシやコムギ粉でつくった固粥などと一緒に食べたりし、東アフリカの人々にとって貴重な栄養源となっています。

 このように、発酵乳は今でも牧畜民にとって重要な食事となり、彼らの食生活を支えています。発酵食文化としての発酵乳は、これまで1万年にわたる人々の生活を支え続けてきたのと同様に、今後とも人々の生活を多様に支える重要な食材としてあり続けることでしょう。


4章.魚類の発酵食をめぐる民族の接触と受容―カンボジア周縁地域を事例に

カンボジアは人口の90%以上がクメール人ですが、ラオスとの国境域にあたるストゥントラエン州やラタナキリ州には、モン・クメール系の原住民や、16世紀以降ラオス南部チャムパーサック県からメコン川沿いに移住してきたラオ人が多く住んでいます。ラオ人は川沿いに村を作り、田畑で米や野菜を作り、川や沼で淡水魚を捕って、米と魚を基本とする食生活を送っています。

淡水魚の発酵食品「パデーク」

この地域では毎年5~6月になると魚が大量にあがってきて、食べきれない分は様々に加工し、保存されます。その一つに、魚に塩と米ぬかを加えて熟成させる「パデーク」という発酵食品があります。農家にとってそれは農繁期に欠かせない食べ物でした。

「プロホックは美味しくない」?

クメール人も、魚に塩を加えて熟成させる「プロホック」という発酵食品を作っています。一見するとパデークに似ていますが、ラオ人によると、「塩をたくさん入れるから硬くて塩辛い。魚を搗かないし、日干しするので、魚身がますます硬くなってしまう」、だから「美味しくない」と、評価は芳しくありません。

 実際に作り方を比較してみると、パデークは、魚をその身が裂けるほど搗きますが、プロホックは搗かないことが多いです。また、プロホックは魚を日干ししたり、塩分が多めであることも少なくありません。

民族を超えて好まれるパデーク

ストゥントラエン州のパデークは、ラオ人以外の民族からも好まれています。例えばシェムパーン郡の村では、ポルポト政権時代に首都近郊から移住して寝食を共にしていたクメール人が、出身地のプロホックよりも美味しいからと言って、パデークの作り方を学んでいったそうです。

 親世代に中国から移住してきた華人女性は、クメール人男性と結婚し、ラタナキリ州のラオ村落に住んでいます。一般的に華人はパデーク等の匂いがきつくて食べられないと言われていますが、彼女の母はパデークを気に入り、ラオ人を真似て作り始めたそうです。

 モン・クメール系のクルン人も、魚の発酵食文化がなかったものの、ラオ人に影響されてパデークを食べ始め、自ら作るようになった人がいます。このように、移住等を機に異なる民族が出会い、互いの食文化を見聞きしたり共食したりする中で、パデークが他者の食文化に積極的に取り入れられている傾向が見られます。