特別展「世界の発酵食をフィールドワークする」  第3部 調味料としての発酵食

日本では、コメやダイズからつくられた味噌、醤油、酢、みりんが和食の味を決める重要な発酵調味料として使われています。しかし、東南アジアでは、穀物からつくられる調味料ではなく、魚醤のような魚介類の発酵調味料が多く使われています。また、日本では副食となっている納豆も調味料として使われています。地域によって発酵調味料となる食材はさまざまですが、コメを主食とするアジア食文化圏の調味料は、発酵によって生じる「うま味」が求められるのが特徴です。


5章.近代化・グローバル化による味の変容 タイの調味料文化

世界の食文化において、発酵食が主要な調味料として使われてきた地域は大きく2地域あります。種子や果実の発酵調味料を用いるサハラ以南のアフリカと、魚醤、豆醤・穀醤を用いる東南アジアと東アジアです。世界各地の食文化そして調味料文化は、大航海時代、現代に続く近代化、グローバル化を経て大きく変化しています。ここでは、タイにおける発酵調味料の変容を見てみましょう。

近代的な調味料

世界各地の調味料の文化は、大航海時代、近代化、グローバル化を経て大きく変化しています。タイでは、近年、トマトケチャップ、マヨネーズ、ナンプラー(魚醤)、ナンマンホイ(オイスターソース)、シーユーカオ(白醤油)、うま味調味料、砂糖などの新たな調味料が広く使われるようになりました。

 ナンプラーは今やタイ定番の調味料として知られていますが、実はその歴史は新しく、20世紀前半に中国からの移住者による生産・販売をきっかけに、中部のチョンブリー県からタイ全土に広がったとされています。新たな調味料、調理法、食材の利用や、新しいレシピの登場などにより、タイ料理の味は大きく変化し続けています。

うま味調味料

うま味調味料は、グルタミン酸ナトリウム(MSG)などのうま味成分を主成分とした調味料です。タイでは1970年代に一般に普及しました。当時は経済発展、工業化、都市化などにより人々の食生活が著しく変化した時期でもあります。うま味調味料がタイに普及し始めた当時は、「甘く」美味しいものとして捉えられていただけでなく、日本の高級な商品、都会からきた貴重で珍しい調味料でもあったようです。

伝統的な発酵調味料と味

現代のタイでは、近代的な調味料と伝統的な発酵調味料の利用が混在しています。伝統的な発酵調味料は独特の味や風味を持つものが多く、タイ国内においても味の好き嫌いがはっきりとしています。この嗜好は、地域、民族、都市部・農村部など個人の出身やルーツによって大きく異なります。伝統的な発酵調味料の複雑な味とその多様性は、近代的な調味料の標準化された味とは対照的なものです。

グローバルな発酵食とローカルな発酵食

世界的な発酵食の人気の理由は、発酵がもたらすうま味や酸味などの複雑な風味のほか、健康や美容効果があります。特にタイでは発酵食の健康効果が着目されています。キムチ、テンペ、ヨーグルト飲料などの新しい発酵食は「アハーンクリン」(クリーンフード)とも呼ばれています。一方、タイの伝統的な発酵食品は健康に悪いと考える人も少なくありません。魚醤や漬物などに含まれる塩分や糖分の量などがその理由です。そのため、最近では塩分控えめな発酵食品も開発されています。


6章.ラオスの味、パデークの科学

たくさんのコメ(ご飯)をおいしく食べて栄養をとるには、「ご飯のおかず」が欠かせません。ラオスは海の無い内陸国ですが、水田、ため池,川などでとれる淡水魚が日々のご飯のおかずとして食べられています。地下に広がる岩塩層からは良質の塩もとれることから、古くからこの地域では、身近な淡水魚を塩と混ぜ、塩辛のように発酵させた「パデーク」と呼ばれる魚醤がつくられ、保存食や、料理の調味料として使われています。

ラオスの味、パデーク

デークを使う料理は、サラダ、スープ、焼き物や、もろみ味噌のように野菜やご飯につけて食べるなど実に多彩で、主食のモチ米とよく合います。うま味と塩味が合わさった、いつまでも食べ続けたくなるおいしさや、ラオスの人々が、我が家の味、ふるさとの味、万能調味料としてパデークを大切に思う姿には、和食の味噌・醤油にも通じる親しみを覚えます。

 ラオスの農村では、今でも自家製のパデークを作って食べる習慣が続いています。また、町の生鮮市場ではパデークの専門店が軒を連ね、量り売りやボトル入りの商品も販売されるなど、国を代表する発酵食品産業としての発展も期待されています。

おいしく長持ちするパデークのつくり方とは?

パラオスの首都ヴィエンチャンの農家で教わった伝統的なパデークづくりでは、魚:塩:米ぬかを3:1:1の重量比で混ぜ合わせて容器に詰め、蓋をしたまま2~3か月待ちます。昔から、長く(半年~1年以上)置くほどおいしくなると言われてきました。

 最近では、都市部の急速な経済成長と近代化が農村地域の暮らしにも影響し、パデークに関する伝統的な知識や製法が途絶える心配もあります。パデークの成分、発酵に働く微生物についての科学的な理解を伴った発酵管理技術の普及は、パデークの伝統的な製法を守りつつ、昔からの経験や勘だけに頼らず品質を安定化し、更に高めることも可能にします。

パデーク発酵の最初の1~2か月は、高い塩分(15~20%)の中でも生育できる乳酸菌[テトラジェノコッカス (Tetragenococcus)属]が乳酸を作り、雑菌の抑制に有効な酸性の環境が整います。同様の乳酸菌は、日本の味噌、醤油や、イカ塩辛の発酵でも見つかっています。

 半年から1年にも及ぶ長い発酵の過程では、魚のタンパク質分解がアミノ酸へと分解されます。特に、うま味成分であるグルタミン酸や、必須アミノ酸のリジンが多く、体に良いと言われるオルニチンも含まれています。伝統的な製法に従って塩分を15~20%程度に調整することで、アレルギー様食中毒の原因となるヒスタミンの生成を抑えることもできます。

 国際農林水産業研究センターは、ラオスの大学、研究機関と連携し、パデーク発酵についての研究成果を「おいしく長持ちするパデークのつくり方」として、ラオスの農家や、パデーク生産者に紹介しています。発酵食品の伝統や、品質、微生物への理解を深め、将来にわたって人々の暮らしに役立てる、温故知新の発酵食品研究の発展が期待されます。


7章.納豆おかずか、調味料か? 日本と東南アジアの納豆の地域間比較

アジアには「うま味文化圏」なる食文化圏が存在し、日本を含む東アジアは豆豉、醤油、味噌などの大豆発酵の調味料が卓越する「穀醤卓越地帯」、そして東南アジアは魚醤や塩辛などの魚介類発酵の調味料が卓越する「魚醤卓越地帯」に含まれます。ところが、穀醤卓越地帯と魚醤卓越地帯の境界に広がる照葉樹林地帯には、調味料として納豆が使われる「アジア納豆地帯」が存在します(図1)。

アジア納豆の種類と利用方法

東南アジアの納豆は、主にタイ系諸族の人たちが住むベトナム北部、ラオス北部、タイ北部、ミャンマーのシャン州とマグウェ管区の「タイ系」、そしてミャンマー・カチン州および中国雲南省・徳宏地域の「カチン系」の2系統に分けられます。これらの納豆は、日本と同じようにご飯のおかずとして食べられるのは当然のこと、調味料としても使われます。

 おかずとなるアジア納豆は、ご飯がウルチ米かモチ米かによって食べ方が違います。ウルチ米に納豆を混ぜる食べ方をするのはカチン系の納豆をつくる人々で、日本の納豆と見た目も味もほとんど同じ糸引き納豆をつくります(写真1)。 一方、モチ米を主食とするベトナム北部、ラオス北部、タイ北部のタイ系納豆は、糸を引かない納豆にトウガラシ、塩、香菜などを混ぜて、ひき割り状に加工してモチ米につけて食べます(写真2)。

タイ系の納豆の主な利用方法は、おかずではなく調味料です。潰した納豆にトウガラシ、塩、ショウガや香菜など混ぜてセンベイ状に乾燥させ、炒め物の味付けやスープの出汁として使います(写真3)。乾燥させることで発酵が止まるので、長期保存も可能となる万能調味料です。

アジア納豆と日本納豆の違い

日本の納豆は、かつて枯草菌が付いている稲ワラで苞をつくって煮大豆を入れて発酵させていました。現在は稲ワラ納豆から分離した枯草菌を分離し、それを純粋培養した菌を振りかけて発酵させています。アジア納豆は,稲ワラではなく、生産者の居住地近くに自生している大きな葉の植物を採取して、その植物の葉に付いている枯草菌を利用して大豆を発酵させています(写真4)。

 アジア納豆は、ご飯のおかずとしての利用だけではなく、調味料としても利用され、そのつくり方もさまざまな植物の葉が菌の供給源となっており、地域による多様性が見られます。しかし、日本の納豆は、稲ワラ由来の菌しか使われず、また現在はご飯のおかずとしての利用が主で多様性がありません。しかし、アジア納豆も他のうま味調との競合にさらされています。